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介護始末記

介護始末記

電池交換 2014/08/09

 昨日、母の脳深部刺激装置の電池が切れたので交換手術を明日の午後おこなうという連絡が妹からあり、明日は、山元町の宮城病院へ。以前にも書きましたが薬でのコントロール時間が短くなり、脳深部刺激装置埋め込み手術を行いました。胸部へ電池とコントロール装置埋め込んでありますが、24時間通電しているため本来であれば3~4年持つところが、約2年程度しか持ちません。
 高齢のため年々皮下脂肪が薄くなり、埋め込みが困難になってきているとのこと。幸い、抜糸は老健の先生が連携して行っていただけるので入院は手術時の1泊のみ。
 宮城病院には昨年も反対の胸の電池交換で行ってますが、海がこんなにも近かったことを実感して帰宅した覚えがあります。

看護師さんを2人も泣かせてしまった話 2014/08/09

 今日、PCでファイルを探していたところ「メモ」というファイルがあったので開いてみた。
入院中のトラブルについて管理部門の担当係長と看護師に退院後の最初の外来診察のついでに説明するためのメモでした。

「私の疾病名:下垂体腺腫
入院期間:平成21年7月31日~平成21年8月21日
手術日:平成21年8月3日(月)12時30分~
経過:
 (1)手術翌日:主治医の先生の回診の際に、口呼吸で喉が乾燥して痛いのでルゴールのようなものは処方できないのか聞くと、「処方されているはずだが」と側にいた看護師に確認。
翌日も処方されないので、家人に喉ぬーるスプレーとマスクを用意させる。(病室に移動後、同様の手術をした方に聞いたところ手術前から処方されていたとのこと)、結局2日後に処方を依頼してやっとでました。
(2)鼻腔への軟膏の注入処置は、患者自らがやってくださいとのことで、チュウブ入りの軟膏とガーゼ、接着テープを置いて行かれる。(鏡、ハサミは?)ちなみに、やり方の指導は病室担当医師がやるんですよと医師が一緒来た看護師にいわれ、先生から手ほどきをいただきました。
(3)別の病院で処方され以前から服用の薬の数量指示が違っていました。
(4)軟膏を注入した鼻腔へのガーゼを固定するテープにより、頬がかぶれたため塗り薬の処方をお願いしたところ、翌々日に筋肉痛用フェルビナクのハードジェルタイプが届く。(メントールが入っているので、ただれた箇所に塗ったら・・・)
(5)電気蚊とり器(リキッド式)が各病室に設置され(4階フロア全体では10数台)、24時間使用されている。口呼吸で乾燥していることもありくしゃみが出て困った。蚊の数とのトレードオフだと思い確認をお願いしたが、退院までに回答なし。」
(6)父母の病気の関係で、多くの病院を経験しているが起床時刻に病室のカーテンを開けに来なかったのは、初めての経験。
(7)体温、血圧等のバイタルチェックが定時に行われないのも初経験。看護師曰く、手がすいた時でいいとのこと。」
あえて、申し上げたのは私の退院3日後に妊婦にサリドマイド薬を投与したということでお詫び会見をした報道を見て、小さなヒヤリハットに潜む大きなリスクを感じたからでした。
 当時、品質管理のISO9001を取得したことを一般の方にはなかなか理解し難い表現で大々的にアピールしていました。
 ただ気になったのは、院内の注意事項の表現がネガティブ・キャンペーンなんですね。
 入院中に、このことを何人かの看護師さんに話したら泣かれてしまいました。この病院で働いたら(楽で)他の病院では働けないそうです。全部の病院がこのようにゆとりをもって働ける環境にはなってほしいと思いますが。5年以上も経過していますから、きっと変わっていますね。
 ただし、この件についてその後何の回答もないという懸念はありますが。

生と死の境界 2014/08/09

 父の3回忌も済んだところで、盆を前に親の死を看取るということについて。祖父母、母方の祖父母、叔伯父母、田舎の長男である私には「死」は身近な、自宅で出会うことでした。
 父は、病院で死を迎えましたが手を握っていたにも関わらず、主治医から告げられるまで、私にはそれがいつだったのか認知できませんでした。
 今は様々な機器がバイタルチェックをしていて、それらの数値やら波形を無意識に目が追ってしまうのです。
 映画のシーンとかの刷り込みもあるかもしれませんが、生と死の境は思っている以上に曖昧模糊としたものなのかも知れません。
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途中経過報告 2014/07/31

 6年ぶりの書き込みなので、ワープした部分の経過報告を。脳腫瘍の術後の経過も順調で自宅療養を経て10月には職場復帰を果たしました。
 左半身に知覚障害の後遺症が残りました。温感がなく、熱いものを触るときは右手で確かめます。一つ感覚が抜けた分、微妙な感覚がなくなり冷感、痛覚が過敏になったようです。
 震災の翌年5月に父が92歳で他界しました。1月に、起居していた妹宅で脳梗塞を起こし、緊急入院。5月の連休明けに症状も安定し普通病室に移されて1週間後の深夜でした。自宅が大規模半壊で修繕が手つかずだったため、連れ帰るのを断念し病院から葬祭会館へ。
 母は、老健施設入所7年を迎えこの7月に89歳に。思うところは、順次UPしていきたいと思っています。
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ホ・オポノポノ 2009/08/15

 残暑お見舞い申し上げます。1月末の脳梗塞入院の書き込み以降、経過の報告をしていませんでした。実は、脳梗塞の検査中に脳下垂体に腫瘍が発見され「仙台医療センター」で摘出手術を受け現在入院中なのです。
 本来は、5月の連休明けに予定していたものですが、3月末に脳梗塞治療の点滴(だろうという見込み?)の副作用で肝炎に。検査を兼ねて10日ほどの入院を余儀なくされました。肝機能が正常に戻らないと麻酔ができないということで、腫瘍摘出が延び延びになっていたものです。
 幸い腫瘍は、悪性なものでなく、経鼻的手術という上の前歯のつけ根の口腔粘膜を切開し、鼻腔の裏側の副鼻腔を経て脳下垂体の直下で、薄い骨と硬い膜を切開し、正常の脳下垂体を残しながら下垂体腺腫を除去しました。
 7月31日の午後に入院、8月3日午後手術という慌ただしさです。手術室に入る30分前に説明があり、同意書を5枚書かされました。
 今は、抜糸も済み、ひたすら傷が治るのをまっているような状況です。
 タイトルのホ・オポノポノですが、こん船長の奥様から差し入れしていただいた本のタイトルです。ホ・オポノポノという言葉は知りませんでしたが、その中身については興味がありました。次のようなサイトもありますので実践してみたいと思っています。
ホ・オポノポノアジア地区公式サイト
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Kがダウン!? 2009/02/03

 1月はどうも相性が悪いらしい。2回目の母の大腿骨骨折や昨年の誤飲性肺炎、父の心筋梗塞などなど1月に集中している。
 今年こそ無事過ぎてほしいと思いつつ、どこか胸騒ぎが。結局、脳梗塞が!!。という訳で、本年初の書き込みは仙台東脳外科の病室からと相成りました。
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父、待望の胃ガンになる 2008/08/21

 久しぶりの投稿になります。
 父は、心筋梗塞のカテーテルの術後4ケ月の検査時に、併せて不調を訴えていた胃も検査した結果胃ガンであることが判明。医師からは、心臓の薬を一時中断しなければ手術ができないとのこと、一方で心臓薬を中断することによる心筋梗塞のリスクが高まることなどの説明を受け、胃を2/3切除することに。
 そういえば、10年ほど前母にばかり手をかけることが面白くなく自分にも注意を向けて欲しかったのか、胃ガンかもしれないと掛かりつけのお医者さんを手こずらせたことがあった。このときは、専門病院宛の紹介状を手に勇んで検査を受けに行ったものの結果は何の異常もなかった。胃ガンかも知れないと、喜々として検査を受けにいくのは、親父くらいしかいないと家族一同笑ったものです。
 術後の経過は良好で3週間ほどで退院、食事について妹にわがままを言っている日々です。
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有るようでなかった時間 2008/06/24

 なにかと雑用に振り回され、介護始末記もご無沙汰になりがちです。
 まずは、父母の状況から。母は、肺炎が完治し体力が戻った2月下旬に胃ろうの手術を受けました。父は3週間ほどで退院し妹の家に。
 その後母は、転院を求められましたが療養型病床を持つ病院の空きが無く更に1ケ月ほど入院。4月の上旬にやっと転院しました。
 療養型病床は、全体的に少なくなっており長期療養が必要な患者の多くが空きを待っている状態です。さらに、療養型病床の多くが個室化され差額ベッド料金が徴収される仕組みになっており、経済的負担も重くなっています。
 入院中の顛末は次回に。
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気がつけば2年 2008/01/21

 2006年の4月の掲載以来、早いもので気がついたら2年近くが過ぎてしまいました。
 まずは、父母の近況から。父は何とか歩行できるまでに回復して退院、日常生活も良くも悪くも元通りに。母は嚥下障害が進み昨年初めからミキサー食に切り換えました。
先週水曜日には、いちばん恐れていた誤飲による肺炎になり緊急入院。快方に向かっていますが医師から胃ろう(PEG(ペグ)percutaneous endoscopic gastrostomy)を勧められています。
 その矢先の土曜日に同じ病院の循環器科に父が心筋梗塞で救急車で搬送され、今日詰まった冠動脈をバルーンのついたカテーテルで拡張しステントを挿入する手術を行いました。
 2人の同時入院は想定外でしたが、皮肉にも介護始末記の再開の時間ができました。
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父の入院その後 2006/04/12

 当初は、3週間程度のプログラムで退院を考えていたようですが4週間お世話になり、リハビリのため更にM病院に転入院しました。齢82歳の回復力は、思いの外日時を要するようです。
 今どきのリハビリは、寝たきりにさせないために手術の翌日からプログラムが組まれて多少の痛み(鎮痛剤の座薬を投与)はおかまいなしのようです。父も同様で4日目に傷口が開き出血したそうですが、それでもリハビリを休んだのは1日だけで翌日には再開。
 幸い、車椅子を使って院内を自力で動けるようになりトイレやベットへの移行も人の手を借りずにできるまでになりました。来週からは、いよいよ歩行訓練にはいるようです。
 「ようです。」と書いていますが、実は妹からの報告で私自身は1度も病院に行けていません。というよりも、土日も含めて時間がとれない状態です。
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Kダウンする 2006/03/16

 先週の火曜日の夜、目がかすみ、2重に物が見えるようになりしばしソファーで安静にしていたが、妻が手元にあった血圧計で計ったところ「170-100」定期健康診断や人間ドックでは「130-75」前後をキープしていたので、急遽夜間診療所に。
 疲れやストレスによる一時的なものでしょうということで、降圧剤を服用してベットで安静にさせられ30分ほどで帰宅。その後は、安定しています。
 仕事をしながら、母の状況を確認できるようにと数年前に購入した無線TVカメラを引き出しの奥からひっぱりだして設置。本日から、NET通販で購入した8インチの液晶TV(左の小さいモニター)に接続しモニタリングしています
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父入院す 2006/03/01

 なぜか3月にトラブルが多い。母の最初の骨折も3月でした。体調の変わり目なんでしょうか?!
 今日、父が出かけた先で、雪のため転倒し救急車のお世話になりました。検査の結果、左大腿骨の頭頂部の骨折と判明、早速手術とな
3週間程度の入院加療とリハビリが必要とのことです。
 最も恐れていた、W介護状態です。年度末で仕事も繁忙期ですが腹をくくるしかないようです。
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電池切れ 2006/02/22

 久々のUPです。ここ数週間、母の体調が(震戦(ふるえ))が頻発し食事も思うようにとれない状態になりました。病状の進行を懸念しましたが、検査の結果は電池切れでした。前回の検診の際に、先生が残量計算を間違えたようです。
 そんなわけで、先週の水曜日(2/15)に電池交換の手術を行い、今日は、抜糸を行いました。有給休暇の大半が母の通院で消化です。
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保護者面談 2006/01/19

 12月29日、通所しているディサービスセンターからの連絡で保護者面談に臨みました。面談の趣旨は、昼食時の嚥下障害についてで10月以降数回詰まらせているとのこと。
 センターでの出来事は、いわゆる連絡帳でやりとりするのですが父が目を通して捺印していたので、つつがなく過ごしているものとばかり思っていました。ところが、連絡帳を見るとここ半年ほど捺印がありません。そんなわけで面談となった次第ですが、状況を聞いた上で介護の手引きをつくることになり、持たせてやりました。ことが生命に関わることなので、吸引器とオプション部品としてヤンカーサクションを新たに購入しました。
充電式吸引器
 製品が届いて1週間もしないうちに夕飯で使うはめになりました。空気が乾燥していて痰が多く絡みやすくなっているのかもしれません。
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介護機器のデザイン―食器- 2005/11/25

 食器は、日に3度使うものなので、容易に洗浄できること、障害の状況に応じて的確に補助できる機能を持っていること、シンプルでデザイン的に飽きがこないものであること、食材以上に色使いが主張していないことなどが条件だと思っています。
syokki.jpg
 写真は、10年以上前に購入したものです。内側の湾曲がスプーンでのすくい易さをサポート、適度に重さがあるので動かずに安定しています。欲をいえば、色が白またはベージュが望ましいのですが。なお、材質は支障がなければ陶磁器が良いと思っています。プラスチック系は使っているうちにどうしても汚れが目立ってきます。確か本品は、有田焼だったと思います。なお、購入先はフランスベッドメディカルサービス株式会社の店舗です。ネット販売については、検索してみてください。
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介護機器のデザイン―車椅子- 2005/10/27

 介護機器は、そのフィットの度合いは各人各様です。ただし、デザインは重要だと思います。機能性しか考えていないものやいずれ長く使うものでないからと安さだけを目玉にしたものなど介護の本質をみていないとしか思えないものもあります。
 そんな中で、介護のカの字もなかった十数年前にある住宅メーカーのモデルハウスのカタログの写真の中に、何気なく置かれていた木製車椅子の見事なまでの機能性とデザインの融合が強く印象に残りました。
画像の説明
 当時は、外国製かと思っていましたが最近になって日本のあるインテリアデザイン会社の製品であることが偶然判明しました。何年か前に、ある温泉のホテルのロビーに客用の車椅子として備え付けてあった実物にもお目にかかっています。
 なお、今はデザイン会社が写真を意図的に公表していないので製品へのリンクをはることができませんが、木製の介護用品では。山形県の多田木工さんが得意の曲げの技術を活かしたものを発表しています
多田木工:http://www.tadamokko.com/
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介護と育児 2005/10/16

 1ケ月以上間があいてしまいました。
ここ2週間ほど母の状況が、芳しくありません。季節の変わり目で風邪をひいてしまったようです。
 さて、タイトルの介護と育児の決定的な違いは先が見えないことと、月ごと年ごとに手数が増えていくことです。食事時の嚥下障害は、良く観察した結果食前のうがいだけではとりきれていない喉の奥の痰が原因でした。食前食後のうがいのほかに吸引器による痰の吸引がルーチンワークのひとつとして追加されたわけです。
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Kの一日 2005/09/06

忙しさにまぎれて間が空いてしまいました。今回は、Kの1日の日々変わらぬルーチン・ワークについて
 起床:06時30分
 朝食:06時45分
 母の朝食:07時10分から40分頃
 母の洗面、身支度:07時40から50分
 出勤:08時5分
 帰宅:18時30分(途中夕食の材料の買い物)
 母の夕食:19時20分
 家族の夕食:19時50分から
 母の入浴:20時15分
 母就寝:20時50分頃
 私の時間:21時00分から(TV、入浴など)
      22時00分頃から(メールチェック、仕事の下調べリポートなど)
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嚥下障害対策 2005/08/14

 以前に比べて、嚥下障害がチョット進んでいるように見受けられる。手術後の変化が十分には把握しきれていないせいもあるが、数日前にはクッキーを1人で食べていて喉につまり119番通報する騒ぎになった。幸い娘が帰宅して発見したので大事には至らなかったが、夕方が1日の中で一番不安定になるので1人にして欲しくないのだが、父にいくら注意をしても近所の食堂に飲みに行って2時間ほど家を空けて母を1人にしているようです。>)
 嚥下障害では、意外なことに普通の水がなかなか飲み込めません。服薬は欠かせないので、ヨーグルトに混ぜたりして飲ませていましたが、口の中がさっぱりしないなどの訴えからいろいろ試したところ、水に「にがり」を数滴たらすと不思議と飲めるようになりました。含有のマグネシウムが味覚を強くするのかもしれません。一番くせがないということで、「天海のにがり」を使っています。
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介護のダークサイド 2005/08/08

 先週の土曜日、映画「スターウオーズ(エピソードⅢ)」を観てきました。1977年の第1作からのファンです。さすがに、ひとりで観にいくには気恥ずかしく息子と同伴です。数年前に車で12~3分の所に、2つシネマコンプレックスができ映画を観る機会が増えました。
 ただし、介護の関係で朝食を済ませた朝1番か寝かしつけた21時30分前後の最終上映ということになります。どうしても、自由になる時間が制限されます。おいおい今後介護による制約やストレスについても、書くつもりです。
 スターウオーズは、フォースとそのダークサイドの戦いですが、介護にも日々葛藤があります。TVコマーシャルに「がんばり過ぎない勇気」というのがありますが、齢900歳のヨーダのように身体を消滅させて、フォースとひとつになった。とはいかないのが人生のようです

誰がための介護 2005/07/27

 庭の一角に、今年も山百合の花が咲きました。母にとっては、祖母にまつわる思い出深い花です。これも、祖父が裏山から掘り出してきて植栽したもので、今花をつけている百合根は孫に相当、1本だったものが数本に増えています。

庭の山百合の花

 祖母は、私が高校1年生の年に他界しています。他界する数年前に、白内障の手術をし牛乳瓶の底のような分厚い眼鏡をかけていました。亡くなる1年ほど前から視力低下が進み、視力を確認したかったのでしょう日に幾度となく、この百合の花がいくつ咲いているか聞かれたそうです。あまり度々なので、いい加減に答えてはしかられたこともあるそうです。
 他界するまでの1年ほどは、夜中に度々呼び起こされるものですから着の身着のままで襖1枚隔てた部屋でほとんど仮眠状態で介護をしていました。当時は、余程のことでない限り自宅療養が当たり前で、町のお医者さんが往診してくれました。
 祖母が診ていただいたH先生は、朝5時から医院の診察が始まるまでが往診の時間帯で、祖母の診察は朝6時だったと記憶しています。こんな状態が1年間日課として続き、体調を崩した近所の皆さんも診察を受けに来るなどちょっとした診療所の様相を呈したこともあります。
 本来の患者である祖母は、血圧測定と聴診程度でしたが、後半になると母の方が栄養剤の注射をしてもらうような状態でした。祖父のときもそうでしたが、私の身近にいつも介護がありました

介護環境の3S 2005/07/18

 介護をしていく上で、できる限り効率的に時間を割かずにどう効率的に作業をするかというのは、ストレスをためないと言う視点からも重要です。
 このためには、日々のルーチンワークにしていくのが一番です。エクササイズと同様で、日を経るごとに無駄な動きがなくなり、同じ作業が短時間でできるようになります。逆にいえば、イレギュラーなものはストレスになりますが、粗相をするとか怪我をするとかいうことも予想の範囲として念頭においておく必要があります。
 生活環境(特に被介護者の身の回り)では、次の3Sを心がけています。
 ①整理・整頓
 ②清潔
 ③シンプル
 ①は、何がどこにあるか、すぐ取り出せるかといった点です。 ものを探すというのは意外とイライラします。
 ②は、当たり前と言えば当たり前ですが洗髪とか入浴とか、身奇麗にしていることは本人も介護者にも良い印象を与えます。
 ③は、ごちゃごちゃと身の回りにモノをおかないということです。部屋をシンプルに広く使うということで、思いがけない怪我とかの防止にもなります。
 庭の一角にザクロの木が植えてあります。花木の花が少ない今の時期に、赤い花を咲かせ目を楽しませてくれます。私が物心付いたときにはこの場所にこの姿でありました。祖父が植えたものだそうで、100年近くたっているかもしれません。
 祖父はよく、柿、桃、りんご、ポポー、ぶどうといった季節ごとの実なりの木を植えたそうで、おやつもろくにない時代、母のために植えたようです

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傘寿(80歳の誕生日)2005/07/11

 昨日7月10日は、母の80歳の誕生日でした。特別お祝いをしたわけでも(忘れていました。(・・;))ありませんが傘寿というんだそうです。ちなみに傘の略字が八十に見えることからこの名が付いたといわれています。
 親兄弟姉妹の中で、一番の長生きの記録になります。パーキンソン病自体は、死に至る病ではないので天寿をまっとうする人はまれではないそうで、風邪やその他の感染症に罹患しないように気をつけています。
 母には、治療に要した投資の回収ができていないのでそれに見合うくらい当分元気でいてもらわなくてはといっています。

幽霊 2005/07/06

 暑い夏もまもなくなので、涼しくなる話題をひとつ。朝食のために母を迎えに行くとしきりに「おばあさんは?」と尋ねます。おばあさんがどうかしたのかと尋ねると、「昨晩、泊まった」と言い張ります。祖母は、他界して40年近くになります。母の目を見るとチョット焦点があっていません。ドブスの夜の服用を再開して3日目の朝のことです。
 久々の幻覚症状です。でも、この症状を本人の立場で考えると、事実としかいいようがないんだなと思えるようになりました。死んだ人が来るわけないだろうと声高に言ってみても、母の脳では古い記憶の引き出しから祖母の記憶を取り出して、同じ脳内で映像として再現しているわけですから、私たちが目を通して視神経を反応させ脳内で映像化するのと基本的に同じなのです。
 そんなわけで、幽霊を見たと言う人は、本人にとっては事実なんですよね。母を見ていると、体調や精神状態で投薬の効果に変動があります。健常者の脳だって例外じゃないと思います。
 例えば、脳の振る舞いを科学的に理解している神経内科のお医者さんでも、思いを寄せて恋をするわけで、そのとき脳の中ではドーパミンの量がほんのちょっと増加しただけなんて、あまりにも夢がないですか?

Hワード(Hとhのはなし)2005/07/05

 医療テクノロジーはスーパーノヴァ化寸前。さて、それほどの力は何のために使われることになるでしょう?”健康”の維持、あるいは創出のためです。
 それでは”健康”とはなんでしょうか? 最後のウィルスや寄生虫や癌遺伝子が跡かたもなく完全に根絶されてしまったとき、そのとき”治癒”の究極目標はなんになるでしょう?「本来わたしたちが生物として最適化されている状態-狩猟と採取で糧を得て、三十歳か四十歳で死ぬこと-に回帰することでしょうか?それが究極目標なのでしょうか?それとも技術的に可能なありとあらゆる存在の様態を切り開くこと?その場合、自分は健康と疾病の境界を定義する専門家だと主張した人が全てを決めることになります。」、「健康という言葉は欺瞞をはらみ、意味はあいまいだ。そしてつねに議論の的になる。」
 「論争に勝とうと思ったら、考えうるもっとも知的に怠惰な方法とはなんでしょう?」、「論争相手が”人間性”を欠いている、と主張することです。」、「これは最古の意味論的な武器です。さまざまな時代の、さまざまな文化において、”非人間的”というレッテルを貼られた多くの分野や人々のことを考えてみてください。よその部族から来た人々。肌の色が異なる人々。奴隷。女性。・・・。」、「”人間性を欠く”といって非難したとしましょう。それがじっさいに意味するところとは?いったいなにをしたら、そんなふうにいわれるのか? 人生のあらゆる局面であなたと寸分違わぬ感情をもてない。あるいは、もとうとしないからですか?あなたの価値観と目標のすべてを共有できないから?」(グレッグ・イーガン著「万物理論」創元SF文庫から)
 前段は、「h」healthの話で、後段は「H」Humanityの話です。どうして突然こんな話題かと言いますと、食事につて血圧に悪いから濃い味付けはだめだとか、そういう配慮がないのは、あいてのことを思っていない(人間性に欠ける?)とか。
 でもちょっと待ってください、80歳を過ぎてそのことでいくばくの寿命がのびるというのでしょう。1日の楽しみの多くが3度の食事だとしたら?
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車椅子での外出(2005/07/01)

 3ケ月に1度の神経内科の主治医の診察、6ケ月に1度の脳外科の診察、それに何よりも、週3回のディサービス・センターへの通所と車椅子での外出が必須です。部屋から車椅子で外に出るための方法をいろいろ考えました。介護機器も様々検討しましたが、価格が高かったり、玄関の改造が必要だったり、何よりも余りにもそれらしいデザインが嫌でした。
 工務店を経営している友人に相談したところ、木製の手すりが付いた、置くだけで特段の工事も必要ないベランダ風のスロープを作ってくれました。ちょっとした発想の転換で、出入りは玄関からという見方をかえたものです。
 写真は、Aさんがお母さんのために設置したもので、更なる進化型のウッドデッキタイプのもので、副次的な効果もあります。
 室内で過ごすことの多い被介護者に外でもない、部屋でもない、日差しに触れるあるいは風の感触がわかる、草花に触れるといった第三の空間を提供できるということです。
 自作キットも通販されています。ただし、スロープつきのものはないようなので、一工夫必要かもしれません。踊り場で調整することで、傾斜も出口も自在にできそうです。両親あるいは家族のために一汗流してみたい方は、以下の中川木材産業株式会社が運営するwood-deck.comまで、国内最大の木に関する情報サイトもあります。
URL:http://www.wood-deck.com/
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里帰り 2005/06/18

 何年かぶりに母を実家に連れていきました。新築祝いの案内を見た母が、行ってみたいと言い出したもので仏前に線香でもと、1時間ほどの滞在です。実家といっても既に従兄弟の代で、叔母は息災ですが叔父は10数年前に他界しています。
 母は、養女で祖母の姪になります。小学校入学の前年に養女に来たといいますから実の親も本人もどんな心情だったやら、当時はまだ叔父と二人兄妹だったはずです。母に言わせると祖父が大好きで、どこに行くにもついて行ったそうで、1度も叱られたことがなかったとのこと。
 広くて、明るくていいねと従兄弟には言っていましたが、記憶に残る建物も撤去され一抹の寂しさを感じたようです。

嚥下障害(食べ物を飲み込み難い) 2005/06/17

 加齢と共に、歯を失うことからはじまり消化器官の変化や消化機能の衰えなど食事にかかわる体の変化が起きてきます。
 高齢者の食事にかかわる体の変化
・歯を失うことにより、咀嚼力(噛む力)が低下。
・唾液分泌の減少。
・嚥下(食物を口から喉、胃の中へ送り込む運動)の低下
・味覚の低下(特に塩味、甘味に対して鈍くなる)
・消化液の分泌が減少
・大腸の動き(ぜん動運動)が低下
・のどの渇きに鈍くなる
・摂食問題(嗜好による偏食や軟らかい物ばかりの食事。食欲低下)
 赤ちゃんに離乳食が必要なように、高齢者にも消化・吸収を考慮した食事が必要になります。
 特に母の場合は、パーキンソン病による症状が重なり、嚥下や痰がからむといった点が顕著です。2度ほど、チアノーゼ反応が出るところまで経験しています。
 痰や唾液は、折々に吸引してやると楽になるようで7~8年前から写真の吸引器(新鋭工業 3電源対応吸引器(充電ベース付セット)を使っています。充電式なので、外出時や室内でもコードを気にせずつかえます。ヒューズが飛んだ以外は故障らしい故障もなく、メンテナンス性、デザイン(このことも実は介護をする上でポイントなのでいずれ触れたいと思います。)も良くなかなかの優れものです。
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情緒的な愛情はいらない-介護の3原則- 2005/06/12

 9年近く母をみてきて、必要なのは冷厳な看護士のような愛情と労力そして金銭です。「かわいそう」という感情よりも、日々目をそらさずに状態を観察し主治医の定期診察時にできる限り応えられることと投薬を含め、いかに規則正しい生活を過ごさせる事ができるかが重要だと思います。
 特に神経系の病気については、日々の体調によって状態が変わりますし、薬の効果にも相違がでます。パーキンソン病の場合は、表情で体調の判別が読み取れます。
 3つ目に金銭と書きましたが、脳の病気については実はどんな保険にも加入できません。例えば、「誰でも入れる○×保険」などというコマーシャルがありますが、説明書をよく読むと、脳に病気がある場合は加入できないことが明記してあります。つまり、健康保険適用以外のものは自己負担ということになります。
 ちなみに、差額ベッド料金(病院によって異なります)、付き添いさんへの支払い等諸々を含めると高い場合で、月額70万円ほどを覚悟しなければならない場合もあります。
 昔は、平均介護期間が1年で、今は3年とかいう雑誌の記事を読んだことがありますが、大きな負担であることは事実です。(いずれ、この金銭負担に大胆な発想で望んだ知人の事例なんかを紹介したいと思っています。)
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手術の結果 2005/06/11

 脳深部刺激装置埋め込み手術は、当初予定では3週間の入院を見込んでいました。本来であれば脳深部への刺激装置の挿入と胸部への電源/コントロール装置埋め込みの手術は、1週間間隔をあけて2回に分けておこなうのだそうですが、母の場合は既設装置の効果とデータがあるので1回で施術となりました。
 入院期間が長くなるとそれだけ筋肉が落ちるので、できるだけ短い方が良いという先生の配慮です。
 効果のほどと言えば、110%です。薬の投与なしでも完全に震戦が抑えられます。先日、本来の神経内科の主治医の先生の診察を受け、いくつかの薬の量を減らすこととなりました。QOL値が良くなると期待しています。
 なお、手術を受けた病院は、独立行政法人国立病院機構宮城病院の脳神経外科です。宮城病院は、神経難病センター、重症心身障害児・者病棟が併設されており先駆的に神経難病に取り組んでいます。
URL:http://www.mnh.go.jp/

ぎっくり腰になる 2005/06/05

 介護する上で、一番気をつけなければと思っているのが介護する本人の健康を如何にコントロールしていくかということです。今日は、最もやってはいけない腰椎ヘルニアをやってしまいました。母をベッドから起こすときの動作で中腰でチョットひねったのが、原因。ヘルパーさんの動作や話を聞いて、決して力技でやってはダメということを肝に銘じていたのですが。もともと腰痛歴があるものですから、整骨院にもたびたび通院し腹筋と背筋の強化を言われておりました。
 それはそれとして、できる限り室内での移動の負担を軽減するために、外出用の車椅子とは別にTOTOの水まわり用車椅子を使用しています。
座面もフラットなものに交換し、食事から洗面、トイレへの移動等なかなかすぐれものです。10年近く使っていますが特に故障もなく耐久性もあります。
20070803005229.jpg
 なお、畳敷きの和室でも使えるように畳の上に固めの生地・織のカーペットを敷いています。
 幸いぎっくり腰は、コルセットと湿布薬でなんとかなりそうです。(写真は水回り用いす(TOTOのホームページ:http://www.toto.co.jp/index.htmより
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逡巡してても始まらない!? 2005/06/02

 全体構成とか、心象風景とか様々逡巡していますが、書くと決めた以上思いついたままに書くのが一番負担が少ないのかなと思い始めています。
それにしても、書くということが思った以上にエネルギーを必要とすることをつくづくかんじています。
 9回目の入院手術から退院して、2週間目、来週月曜日からディサービスセンター(月 水 金)通所を再開させようと思っています。
 今回の手術は、5年前に施術した視床下部へのレーザーによる処置が経年変化で付随運動(震戦(ふるえ))に対する効果が薄れてきたため電気刺激装置を埋め込むものです。左については既にレーザー処置と同時に施術していました。
 今度の手術でインフォームドコンセプトなるものなのでしょうか、手術前に図解入りで詳細な説明がありました。聞かないほうがよかったかなという思いもありましたが、初めて知った装置(胸部に埋め込み/外からリモコンでコントロール)の価格が百数十万円と知って驚き。そういえば、埋め込み型でない初期の携帯用外部装置は保険適用外ということで36万円ほどの患者負担だったことを思い出しました。
 どうも私の被介護者たる母はこの季節に入院することが多く、9年前の47歳の私の誕生日も1回目の大腿骨骨折で入院した同室の患者さんに祝ってもらったことを思い出しました。
閑話休題:お世話になっている国立病院が独立行政法人になり、良い意味でこちらが気恥ずかしくなるくらい雰囲気が変わりました。(笑)
画像の説明

※脳深部刺激療法
 自分の意志に反して手足がふるえてしまったり(振戦)といった不随意運動(ふずいいうんどう)は、脳の働きと密接な関係にあります。
 そこで、そのような不随意運動の治療として、お薬だけでなく、運動を制御している脳に細い電極を入れて、脳に電気刺激を送ることで運動の異常を調節しようとする治療方法『脳深部刺激療法(DBS)』があります。
(日本メドトロニック株式会社のホームページより)
http://www.medtronic.co.jp/

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